経営者人事対談 > インタビュー記事一覧 > Vol.042 株式会社経営共創基盤(冨山和彦氏)

事業継承成功のカギはオーナーの了見 株式会社経営共創基盤(冨山和彦氏)

樋口:
なぜ日本の経営者はそのようにできないのでしょうか。

冨山:
会社を物として見ていないということでしょう。会社は自分の人生ですから、会社を第三者に売るということは、自分の人生を商品のごとく誰かに売り渡すような罪悪感や自己否定感を感じるんですよ。
また、例えば自分の子供がとても出来がよく、親の会社なんか継ぐのは嫌だと言って、それこそ財務省の役人や超エリートになってしまったときはさほど残尿感はないはずです。しかし、平均的な出来の子供だと、世の中で成功するようには思えないから、自分の跡を継がせてオーナー社長にしたい、と思うわけです。少なくとも中途半端な会社のサラリーマンになるより給料はいいに決まっていますから。オーナー社長は封建領主みたいなものですから、一族郎党の領地を守るのと自分の子供の生活を考えれば、自分の子供に会社を継がせるのが自然ですわりがいいと考えるのはごく普通の話です。それ自体は私は否定しません。
そうすると、次の問いは事業のありようです。事業にもタイプがあり、攻め続けないとだめなタイプの事業もあれば、極端に言えば「とらやの羊羹」のように、企業として大きくはならないけれど、とにかく専守防衛で自分の商圏だけがっちり固めていれば存続できるという商売も結構多くあります。もし子供に会社を継がせたいのだとすれば、後者のモデルを追求した方がよいでしょう。とにかくディフェンスの強い事業体を作ることですよ。一方で200年、300年続いている老舗旅館でも失敗してしまうところもありますが、それには全部共通点があります。銀行かコンサルタントにほだされて設備投資をしてしまうのです。木造平屋で部屋数も20室、30室ぐらいを維持し、余計な設備投資をせずに営々と経営していれば、割とつながっていくんですよ。それを拡張しようとして、借金して首が絞まるというのが大体定型のパターンです。

そうすると、オーナー社長は会社を継ぐ際に何を得て何を捨てるかを、継ぐ人の能力に合わせて選択することが必要なのですね。

そういうことになります。ただし中には業や煩悩の問題から一皮むけられる器の大きい人材もいます。こういった器の大きい人材が目指すべきモデルはヨーロッパのファミリービジネスだと思います。ヨーロッパの製造業にはファミリービジネスが多く、手本になる会社が結構多くあります。グッチもそのはずですし、スイスの機械メーカーはほとんどオーナー会社で20代目ぐらいになっています。こういった企業は基本的にはオーナー、ファミリービジネスでずっと継承していますが、驚くほど人材の質が高いです。ヨーロッパは国内の市場が小さいですから4、50億程度の売上の企業でも9割方外国でビジネスをしています。
欧米では社会階層が労働者階級と経営者階級に分かれており、経営者階級の中は結構流動性があるんです。ですから、ベンチャービジネスでなくても、たかだか4、50億ぐらいの売上の会社に平気でハーバードビジネススクールなど有名校の卒業生が雇われ幹部として働いています。以前私がM&Aで関わった企業も実際にそのような企業でした。営々と続いているスイスの会社で、たかだか数十億円の売上ですが、CEOがアメリカ人で、COOがスペイン人、CFOはフランス人でした。もし、外から経営者を雇うことに妙な疑いや嫉妬を持たないのであればこういった方法をとるのも一つの手です。

日本でもそういうことは可能でしょうか。

その気になったら可能ですよ。オーナーが雇っている経営陣ですからね。オーナーはオーナーシップを持っているのだから、多少高い給料を払って経営者を雇っても、それで企業の価値が上がるぐらいの仕事が返ってくればそれで良いと割り切ればいい、というのが私の考えです。株主は強いですから、権利を行使すればいつだって経営者を解雇することができますし、例え買収されそうになったとしても、自分が売らなければお終いです。そこに対する自信があれば、オーナーは様々な人を使えるのです。しかし実際には、自らそれを放棄しているケースのほうが多いです。そもそもそういう人材を雇おうとしないか、雇っても疑ってしまうのです。雇った経営者が裏で他の大きな会社とつるんで、この会社を奪おうとしているのではないか、銀行とつるんで何かしようとしているのではないかと、オーナー社長はすぐに疑いを持ってしまいます。これまた99.99%の場合がそうなんです。せっかく優秀な人を雇い入れても、2、3年で追い出してしまうというケースが非常に多い。このように可能かどうかは最終的にはオーナー社長がそういったものを飲み込める了見や器量があるかによるのです。