経営者人事対談 > インタビュー記事一覧 > Vol.042 株式会社経営共創基盤(冨山和彦氏)

事業継承成功のカギはオーナーの了見 株式会社経営共創基盤(冨山和彦氏)

冨山:
私はこれまで様々な立志伝中の方と仕事をしましたが、外食産業や小売業、アパレル業の方々がこのような罠にはまるケースが多いです。共通しているのは、みんな短気でせっかちで、とにかく思いついたことは明日までにやらなければならないというタイプの方だということです。そういう方は、多様な人材を活用するのはまどろっこしいのであまり得意ではないのです。様々なタイプの人が様々な形で存在し得る空間を作れ、かつトップが躓いても持続できる組織を作り得たのは、この30年、40年で立ち上がった会社の中ではリクルートぐらいではないでしょうか。

樋口:
リクルートはなぜそのような組織を作りえたのでしょうか。

それは江副さん(江副 浩正氏 株式会社リクルート創業者)が偉大だったからでしょう。江副さんご自身がスキャンダルで派手に躓いても組織はこけませんでした。リクルートはもともと出版業でしたが、ネットの時代に変わっても、しっかりとその変化についていった数少ない会社の一つでもあります。その後の時代に台頭してきた企業と言えばファーストリテイリングやカルチュア・コンビニエンス・クラブ、ソフトバンクなどがありますが、共通の問いは、経営者が次の世代になった時にどうなるか、ということでしょうね。

今名前が出たような企業では、トップが有名だけれども実はナンバー2、ナンバー3も優秀な人材がいる、だからあそこまで大きくなったという話を時々耳にします。しかし、これまでのお話を伺うと、その優秀な人材とはモノカルチャーを推進する力が強いスタッフなのですね。

そうです。一方で江副さんは、マイクロマネジメントをしない人でした。マネジメントよりもむしろ投機や芸術の方が好きだったのかもしれません。よく誤解があるのですが、どのような選択肢も取りうる状況でフリーハンドで物事を決める仕事をしている人は、世の中にはあまり多くありません。私の知る限り、ダイエーでは中内さんしかやっていません。しかし、少なくともリクルートという会社はフリーハンドで物事を決めることが究極的に分権化されています。どの会社でも経営者が「やれ」と言ったことを執行する人材はたくさんいると思いますが、判断は絶対に経営者に仰いでいるはずです。
執行するのに必要な能力と、フリーハンドで物を判断する能力は、実は似て非なるものです。この差に対する認識は、かなり世の中に誤解があるように思います。加えてリクルートはスキャンダルで江副さんが早めに引かれたので、それもプラスに作用したのかも知れません。

中小企業の経営者は、親から継いだか自分で立ち上げたかのどちらかの場合が非常に多いです。企業を継続させたいと思っても継続できないのは、今のお話のように執行するスタッフしかいないからなのでしょうね。このような組織で幹部を育成するのは難しいのでしょうか。

いくつか成功例を知っていますが、最後はオーナー社長の了見です。100名以上の企業であれば、オーナー社長が自分たちがもらっているのと同程度、あるいはそれ以上の給料を払う気があれば、ある程度のレベルの人材は雇ってくることができます。問題は、基礎能力とマネジメント能力の高い優秀な人材を高い給料を払って引っ張ってくる度量がオーナー社長にないことです。会社を乗っ取られてしまうことを恐れるんですよ。オーナー社長は会社のすべてを支配していたいという欲求が本能的にあるんです。これは良く言えばオーナー社長の責任感ですし、悪く言えば煩悩です。後継者が大事だと言いながら、自分の従業員やオーナーファミリーではないところから強力な幹部が出てくることは嫌なのです。

自分の器を超える会社になることが、あまり気持ちよくないんですよね。

オーナー社長がもしその煩悩を捨てられないのであれば、難しいことは考えず、煩悩の枠の中で経営したほうがいいです。それ以上会社を大きくするべきではないですし、極端なことを言えば、自分の子供がぼんくらだったら廃業したほうがいいです。ぼんくらな子供しかおらず、かといってMBAか何かを持っている他人に自分の作ったものを支配され、給料をたくさん渡し、ビジネス上所有と経営が分離している状況は許せない、というのであれば私は廃業したほうがいいと思います。極端な言い方ですが、そういう会社もたくさん見てきました。

煩悩を捨てられない経営者のほうが圧倒的に多いですよね。

多いです。再生機構で扱った案件も、オーナー会社が相当な比率を占めていましたから。煩悩に執着すると大体みんな不幸になりますね。オーナーファミリーだからといってこの器の人材に継がせるのであれば、事業がまだきちんと回っているうちに誰かに売却して、その遺産分け、形見分けをしたほうがよっぽど幸せだったのに、というケースが世の中には圧倒的に多いと思います。
オーナー経営の難しいところは、純粋に経済的観点で経営をどうすべきかという議論と、血族とかオーナーシップを持っていることによる煩悩がごちゃごちゃになってしまうところにあります。経営のことを言っているように聞こえても、よく考えたらオーナー社長の血の煩悩の話でしょう、という話が7、8割を占めているのです。しかし、それが割り切れないうちは結論が出ないんですよ。
結局日本のオーナー社長は、自分で会社を興して、そこそこに成長したらぱっとドライに誰かに売却し、売却代金で海外に行って生活する、という世界観を99.99%持てないのです。一部そういう人を知っていますが、それは1万人に1人ぐらいですね。