樋口：
お話は変わってしまうのですが、人材育成についてお伺いします。大企業の人事の方に「育成する中で、成長に大きく影響する要素は何か」と伺うと、多くの方が「最初に配属する上司」が重要だとおっしゃいます。丸山常務はどのようにお考えですか。

丸山：
ちょうどヒヨコが殻を破って一番初めに見たものを親だと思うのを「刷り込み」効果と言いますが、それと同じように影響が大きいと思います。人生には様々なことがありますが、学生から社会人になったばかりの何もわからない時期に目にすることや、受けた指導は一生の財産となります。ですから当社でも新入社員の指導にはとても力を入れています。新入社員に影響を与えるのは、何も上司だけではありません。当社には新入社員育成の一つとして『ブラザー・シスター制度』という伝統的な取り組みがあります。これは入社して本配属されるまでの研修期間に、特定の先輩社員が2名体制で新入社員をフォローするというものです。この制度の元となる取り組みはずいぶん前から伝統的におこなわれていたのですが、指導の基準がなく、先輩社員によって指導内容がバラついていたため、数年前から『ブラザー・シスター制度』と制度を確立し、教える要点や基準を全て標準化しました。また、以前は上司が先輩社員を指名していたのですが、制度の確立に伴い、やりたい社員が手を挙げる公募型に切り替えました。それによって、自分が責任を持って後輩をフォローするのだという想いがより強くなったようです。本来は仮配属から本配属までの期間限定の取り組みですが、実際には本配属後も関係が続くことが多く、とても濃厚な一生の付き合いになる場合が多いです。新入社員にとってはブラザーは一生の先輩なのです。「自分の先輩はあの人なんだ」というような自慢話を多く聞く程、親しい仲になっています。実際に私自身も兄・弟のような一生の関係ですよ。

御社の伝統ですね。

そうですね。自分も先輩社員にお世話になっているから、後輩の面倒を見るのも当たり前だ、という雰囲気が全社にあります。これは当社のDNAだといえるでしょう。ですから、ブラザー・シスター制度を導入しても、すんなりと受け入れられましたし、ブラザーやシスターになることがマネジメントの勉強になるという新しい価値や意義を自分で見出してくれるようです。

素晴らしい風土ですね。本配属後はいかがでしょうか。

1年目から3年目まではしっかりとフォローする体制が整っています。フォローアップ研修もおこないますし、2年目、3年目の社員に対しては、キャリアアドバイザーが各地を回って新入社員と面談をおこなうようにしています。アドバイザーには61歳から65歳くらいの、当社を退職してからコーチングの訓練をした経験豊かな先輩に担当してもらっています。

当初3年というのは、やはり大切なのですね。

よく「3日3ヶ月3年」と言うように、一つの重要な時期であると思います。もちろんその後もフォローはしますが、初めの3年間は会社がしっかりと見ている、と示すことで安心感もあり、頑張れるようです。

これまで新入社員の育成について伺ってきましたが、最後に、将来を担うリーダーに必要な経験についてお考えをお伺いしたいです。将来会社を担うようなリーダーには、例え優秀な人材であっても、苦労や修羅場といったものを経験することが必要なのではないかと思います。丸山常務は、どのような経験が大事であるとお考えですか。

リーダーとなる人材には、自分の軸をしっかりと持った上で、方向性を示し、人を活かしてまとまりを創り出していく能力が必要です。それらを養成するにはまず多様な経験を積むことが必要だと思います。さらに当社の人事制度の一つの軸として考えているのが、若いうちに自分の強みを持つことです。若いうちはなるべく早く強みを持ち、思い切り勉強してどんどん試してみる、失敗をたくさんする、こうした経験を通して自分の軸が確立されるのだと思います。例えば、「財務会計なら誰にも負けない」というような専門性を早く身につけば、グループ会社や国際部門で経験を積み、キャリアを展開させることができます。このようにいわゆる『T字型人材』へと成長していくことが理想です。これからは世界で活躍することが求められるので、アイデンティティをしっかりと持ち、何でも出来るような経営者へと育ってほしいと考えていますし、自分自身もそのようにならなければと思っています。

やはり「場が人を鍛える」ということですね。その具体的な取り組みについてもお話を伺うことができ、大変勉強になりました。本日はありがとうございました。