経営者人事対談 > インタビュー記事一覧 > Vol.019 フリービット株式会社(酒井穣 氏)

フリービット株式会社(酒井穣 氏)

約9年のオランダでの生活を経て帰国し、現在はフリービット株式会社で人事戦略ジェネラルマネージャーとして多方面でご活躍中の酒井穣氏。『はじめての課長の教科書』『「日本で最も人材を育成する会社」のテキスト』の著者でもある酒井氏に採用や経営者の育成に関するお考えを伺いました。

樋口:
酒井さんの著書『「日本で最も人材を育成する会社」のテキスト』(光文社新書)を拝見したところ、私が考えていたことと同じことが書かれていてとても共感しました。ところで育成も重要ですが、企業としてはそもそも成長度合の高い人材を採用したいと思うものだと思います。その見極めについてはどのようにお考えでしょうか。

酒井
採用というのは難しいもので、あるパラメーターを並べ、それが一番ヒットした人材が良い人材だと言い切れるものではありません。実際には、人を見抜く際のパラメーターは科学的なものよりも、人間の方が精度が高いように思います。要するに採用においては「何を採用基準とするか」よりも「誰が面接を行うか」という方が重要だというのが私の意見です。ラム・チャラン氏も「人を見る目はCEOの大事な資質である」と言っていますが、まさに人を見抜く能力は誰にでも与えられているものではないのです。こと採用面接に関しては、面接官がどれぐらい企業理念を体現していて、かつ人間としてどの程度成熟しているかが重要です。間違った人材を次の選考に上げないためにも、理想的には、面接の初期段階から企業理念や会社の文化を担っている経営者が面接を担当すべきなのです。
よく2次面接では「迷ったら通せ」、最終面接では「迷ったら落とせ」と言われますよね。最終面接のような決定的な判断を下す場面では、結局能力そのものよりも「自社で成長できるかどうか」ということを考えなくてはなりません。能力が高くても、自社で伸びる人材もいれば、他社の方が伸びる人材もいるからです。この時点での判断は科学的なものではなく「直感」としか言い表せません。

「科学」よりも「人間」というお話がありましたが、そのようにお考えになったのはオランダでの会社経営経験が影響していらっしゃるのでしょうか。

経営自体よりも、9年間オランダという日本とは全く異質な社会に深く入り込んだことの方が大きく影響していると思います。その中で身に付いたのは相対的に物事を見る力です。ゲーテの言葉に「外国語を知らないものは母国語を知らない」という言葉がありますが、この言葉の通り、オランダでの生活を通じて初めて物事を多面的に見られるようになりました。
どんな物事にも多面性があるものです。採用で言えば、採用する側の立場ではテストなどを用い、できるだけ科学的に効率的に選考をおこないたいと考えます。しかし一方で自分が選考を受ける立場だったら同じ選考を受けて合格できるかということも考え、最終的に選考方法を決定します。自分の会社ですので、少なくとも自分は通るはずですから(笑)

先ほど「直感」というお話がありましたが、以前ライフネット生命の出口社長(※人事対談第6回ゲスト)に「直感というのは脳が高速回転している現象なので、感覚的なようで実は非常にロジカルな答えを導くことができている」というお話を伺ったことがあり、目からうろこが落ちた思いでした。

本の中にも書きましたが、熟達には5段階あり、その最高のレベルに「直感」という表現が出てきます。つまり、直感を使うことが許されるのはそれまでに十分な練習があることが前提なのです。まだジュニアなうちから、直感に頼るような態度は関心できません。 中国の故事に「不射之射」という話があります。この話の中に登場する弓の名手は、腕を上げることにより弓の存在を忘れ、弓を使わずとも飛んでいる鳥を射落とすことができるようになります。現実には見ただけで鳥を射落とすことはできませんが、これこそが熟達のイメージです。ビジネスに置き換えて表現すると、もともとはロジックで積み上げているビジネスも、熟達することでロジックを意識しなくとも、直感でわかるようになるということです。

どのような人材が熟達のレベルまで達することができるのでしょうか。

それにはまず、ある仕事を繰り返し経験でき、それに対して瞬時にフィードバックしてもらえる環境にいることが重要です。ここで言うフィードバックとは叱られることと同義ですが、実行し叱られるということを繰り返すうちに、上司が管理しなくてもその仕事は任せられるようになります。しかし、実際には叱られる機会というのはあまり多くないので「これくらいでいいや」という考えに至ってしまうことも多いですけれどね。
そういう意味では、中小企業の経営者は根源的に自分を叱ってくれる人材を求めていると言えます。社内にはもちろん叱ってくれる人はいませんし、社外でもなかなか叱られる機会はありませんから。