経営者人事対談 > インタビュー記事一覧 > Vol.026 株式会毎日新聞社(西川光昭 氏)

株式会毎日新聞社(西川光昭 氏)

自由な論調を大切にした紙面作りで親しまれている毎日新聞。今回は同社人事・総務本部 次長 西川 光昭 氏に主に新聞記者の採用や育成についてお話を伺いました。

樋口:
まずは採用についてお伺いしたいと思います。2011年に入社される新卒採用はいかがでしたでしょうか。

西川
実は当社では新卒採用といっても卒業年度では区切っておらず、卒業後何年か経過した人でも受け入れています。結果は例年より採用人数が少なかったのですが、精鋭が集まってくれました。

新卒で採用する方は記者志望の方が多いのでしょうか。

そうですね。半分以上が記者職です。

記者志望の人材を採用する際に重視されるポイントはどういったところなのでしょうか。

精神的にタフであること、コミュニケーション力があること、それから造語ですが「常識力」があることの3点を挙げたいと思います。
コミュニケーション力はすべての企業で求められることですが、新聞記者に求められるコミュニケーションは一般的にイメージされるものとは大きく異なります。新聞記者の仕事は、考え方も年齢も異なる人を取材すること、つまり自分とは異質なタイプの人とのコミュニケーションが大切となります。特に若い間は自分より経験豊富な人たちから情報を得るためには、相手に「かわいがられる」要素が欠かせません。

相手にかわいがられるのに必要な要素とは具体的にどのようなものなのでしょうか。

やはり誠実さや謙虚さ、熱意といったことが最も重要で、面接でも見ています。さらに参考として実際の取材活動について、誤解を恐れずに私見を披露すると、日常の付き合い方では“甘える力”、情報収集の段階では“イベントを起こす力”と“演技力”で成り立っていると感じます。取材対象となる相手は当然自分よりも知識を持った人で、余裕もある人です。そのような人は包容力があり、自分よりも経験もスキルも足りない人を受け入れてくれる度量があります。甘える力がある人はここで相手の「甘えても良いポイント」をうまくつかみ、懐に潜り込むことで関係構築を図ることができるのです。だからと言って、日常会話をしているだけでは情報は得られません。貴重な情報を得るためには日常会話から一歩踏み込むためのきっかけを作ることが必要です。そこで必要なのが、TPOに合わせて何らかのイベントを起こす力とそのための演技力です。演技と言ってもうそをつくのではなくて表現するということです。

圧倒的に格上な人からすると、従順なだけの人には面白さを感じないのでしょうね。

もう一つつけ加えるとすると、イベントを起こす決断をするのは度胸ですが、仮にそれによって迷惑をかけてしまった場合、その後に関係を修復するためには愛嬌が必要です。たとえば入手した情報の中でも、相手との関係の中でそのときに記事にしてよいものとよくないものがあります。時にはそのボーダーライン上の情報を記事にして、相手が思っていた状況と食い違ってしまうことも起こり得ます。そのような時に、関係修復できる人材とそうでない人材ではその後の記者人生に大きく差が付いてきます。その際の大切な要素に愛嬌というのもあると思うのです。


↑毎日新聞とサンデー毎日

最初のお話に出てきた常識力というのはやはり筆記試験などを通じて見抜いていくものなのでしょうか。

一般常識は筆記試験で見ていますが、どちらかというと面接に比重を置いています。ここでいう常識力とはいわゆる「柔軟性」や「バランス」といったものを意味しています。新聞社では時事問題を議論することがありますが、その時に一定以上の知識が必要とされます。しかしそれ以上に人の話を聞く姿勢やその理解の仕方がとても大切です。ですから意見の中身よりも、面接官の言ったことを咀嚼し、どのように答えるかという点を見ています。面接で本人の考えに意見した場合、常識力のある応募者であれば面接官の考えを理解した上で「私の考えはこうです」と言えるでしょうし、そこが劣る人であれば自分の考えに固執したり、それを相手に押し付けようとしてしまいます。

色々な意見を受け入れ、対応する力が必要なのですね。

あとは隠れ要素として「決意」というのも大事です。新聞記者の仕事の多くは、初対面の人から話を聞くことなのですが、多くの人にとってこれはとてもストレスがかかる仕事です。その一方で記事を書いても自分の利益になるわけではありません。ですから記事を書くことや、世の中に影響を与えることに喜びを感じられ、「この世界で生きていく」という決意がある人でなければ続けていくのが難しい仕事だといえます。しかし近年は、「新聞記者でもやってみようか」という軽い気持ちで応募してくる学生が増えてきているように感じます。そのような人はどんなに優秀でも、入社後に途中で挫折したり、違う方向に進むことを考えてしまいがちです。

新聞記者を志望される方は仕事に対する強い価値観があり、会社ごとのカラーにこだわりをもって応募してくるものだと思っていました。

もともと商品自体が自社の価値観を反映していますので、たしかにマスコミ志望者は会社ごとの特徴を見て応募してきますね。ですからこれまでは、一緒に応募する企業の組み合わせも大体想像ができました。しかしここ数年、そのこだわりも薄れてきているように感じています。ただし、それは必ずしも悪いことではありません。当社としてはむしろ歓迎しています。最初の決意、決心が足りない人は歓迎できませんが、自社のカラーに合った記者ばかりが集まってしまうと会社としてのバランスを欠いてしまうことになりかねません。当社の場合は、一般的には「弱者に寄り添う傾向がある」と言われていますが、そのようなカラーを持つ人だけでなく、様々な価値観をもった人材に応募してほしいと思っています。