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増田弥生 氏

リコー、リーバイスを経てナイキ・アジア太平洋地域本社の人事部門長としてご活躍された増田弥生 氏。「リーダーは自然体」(光文社新書)の著者でもある増田氏に業績向上につなげるための人材育成の考え方についてお話を伺いました。

樋口:
増田さんはリーバイス、そしてナイキと本当にグローバルな環境でお仕事をされてきていますね。著書の中の多様性についてのお話に触れ、正直に申し上げると打ちのめされる思いでした。やはりダイバーシティ(diversity)という表面的なことを知っているだけでは本当の多様性を受け入れることは難しいですね。

増田
私が在籍したリーバイスは多様性を価値とし、人を属性や見た目や経験の多寡で判断しない会社であるとともに、社員一人ひとりが自分の全人格を職場に持ち込み、すべてのバックグランドをありのままに出せる会社でもありました。当時の会長ボブ・ハース自ら「最近どう?」と声をかけてくれる気遣いはもちろんのこと、相手に興味を持ち、違う視点を持っている私にみずからフィードバックを求める姿勢などから多くのことを学びました。日本に帰ってきて、女性や外国人の方の活用法について相談されることがありますが、「方法論」で解決しようとするのではなくまずは経営者や幹部が女性・外国人社員だけでなく社員が何を見ているのか、何を感じているのかを知ろうとすることからはじめるのが一番だと思います。

やはり相手から学ぼうとする姿勢がなければダイバーシティは実現しないのですね。

ダイバーシティ(多様性)は組織が目指すべきゴールではなく、真にパフォーマンスを高めて真のグローバル企業になってくると果たせる結果の一つに過ぎません。たとえばNASAが良い例なのですが、宇宙飛行士を選抜する時に「アメリカ人男性ばかりだからそろそろ女性を入れよう」「白人ばかりだからアジア人を入れよう」と調整しているはずはなく、最高なものを求めて究極の実力主義で人選した結果、女性が入ったりアジア人が入ってくるわけです。これこそが真のグローバル化であり、組織のパフォーマンス向上を追い求めた結果です。そうなると誰がどんな力を持っているかにスポットライトが当たりますので、属性にはまったく関係なくその人の実力・能力や人となりなどすべてに好奇心を持たざるを得なくなるはずです。

そのように考えると、日本の企業ではダイバーシティ自体が目的になってしまっており、真の組織力向上という観点から取り組んでいる企業はまだまだ少ないのが実態でしょうね。ところで私自身ヒューレット・パッカードにいたころに本社のエグゼクティブを採用するミーティングを傍聴したことがあったので、グローバルな環境で評価されている人材にとても興味があるのですが、増田さんご自身はどの点を評価されたのだと思われますか。

あとから面接をしてくれた一人に聞いたところによると「違う視点を本社に持ち込んでくれそうだから」ということでしたが、全員に聞いたわけではないですし、自分も話すのに一生懸命でしたから自分のことはよくわかりません。ナイキから最初にお声がかかったきっかけはグローバルリーダー育成の実績と組織開発をグローバルレベルで成功させてきた実績を知ってのことと聞きました。その後は本社の経営陣二十数人と長時間にわたる話し合いがありましたが、これは面接というよりもお互いの価値観を確認するものでした。幹部の中途採用の場合は特に、企業の価値観とのフィットが重要ですから当たり前とも言えますが。
ご参考までに申し上げますと、私がこれまでエグゼクティブの面接をしていた時には、実績と経験と企業とのフィット感はもちろんですがグローバルレベルでリーダーシップが発揮できるかどうかを重点的にみてきました。その一つが"Authenticity"、つまり自分の軸がしっかりして常に自分らしく存在しているかどうかです。辞書などでは"本物"と訳される事もありますが、日本語で近いのは"自然体"という言葉かもしれません。"自然体"という言葉は武道の言葉ですので、英語に直訳することができないのですが、軸がしっかりとして地に足がついたぶれない感じがありながら、しなやかにあらゆるもの受け止められるイメージです。自分の価値観がわかっていて、それがはっきりとしているからこそ自分が重要視することとしないことの区別がはっきりしており、柔軟でしなやかでいられるのです。逆に軸がしっかりしておらず、その区別がついていないとどうしてもガードが固くなってしまったり行動や言動に一貫性がなかったりするようです。ですからエグゼクティブを採用する際にはしなやかさを見ていました。そのほかには謙虚さや成長意欲なども重要なポイントです。

「軸がしっかりとしていてしなやかな人材」というと非常に魅力的な人材なのだろうと思いますが、なかなか人数が限られてしまうのではないでしょうか。

グローバルレベルでもそういられる人材となると確かにかなり数は限られてきますね。私がナイキで担当していた仕事は各国の社長レベル、あるいは本社の事業部長レベルの人材からその上のシニア・エグゼクティブに昇格できるポテンシャルのありそうな人を見極めるということでしたので、その観点からしかお話できないのですが、やはり本社で重要なポジションに就く人材というのは組織の価値観を大切にしながらも、自分自身のビジョンをしっかりと持ち、グローバルレベルで多様な社員の人心を掌握していかなくてはなりません。ですから現場ですぐれた業績成果をあげられる人材とはリーダーシップの器に圧倒的な差があるように感じます。

そういう人材かどうかを見極めるのは難しそうだと感じるのですが、どのように見ていらっしゃったのでしょうか。

組織の中にいますから観察の機会は豊富にありますし各方面からのフィードバックも集まりますので全方位でデータを集めること、そして本人達と定期的に話すことがベースです。話す際は基本的には具体的な行動を聞き、そこからパターンを見出していました。本人の価値観と自己理解、そして実際の言動や行動とのブレを見ていくのでそれほど難しいことではありません。本にも書いたバルネラビリティー(脆弱性)も対話からわかることが多いものです。