経営者人事対談 > インタビュー記事一覧 > Vol.045 株式会社じげん(平尾丈氏・翠勇樹氏)

社員一人一人が希少性の高いピース 株式会社じげん(平尾丈氏・翠勇樹氏)

Great Place to Work 中小企業部門5位、Deloitte Technology Fast 50 in Japan、Deloitte Technology Fast 500 in Asia Pacificにも選出された株式会社じげん。リクルートより最年少取締役として同社の創業に参画し、代表取締役社長に就任した平尾 丈 氏、経営企画グループ リーダー 人事担当 翠 勇樹 氏に同社の事業内容や人材に対するこだわりについて伺いました。

大学時にアントプレナーを志し、100業態以上を経験

樋口:
初めに現在のお仕事に就かれた経緯を教えていただけますか?

平尾:
当社の前身はドリコムとリクルートの共同出資で2006年に設立した「ドリコムジェネレーティッドメディア」という会社です。私はリクルート側から出向し、単月黒字になった23歳の時に最年少の取締役になりました。これが今の会社に出会ったきっかけです。

なぜリクルートに入られたのですか?

平尾:
大学の時からアントプレナーを志し、100業態以上やらせていただいてきました。様々なビジネスプランコンテストにも参加し、その優勝賞金で会社を設立して、事業をするということが多かったですね。就職活動をするタイミングで、就職することと業をなすことの両立が出来ないかと思っていたのですが、なかなか難しいのが実態でした。もともと永続的に伸びるというよりは、経営者になるために短期間で伸びたかったので、ボディービルダーになるのが目的ではなく、筋トレをしてしなやかな筋肉を作って、その短期間でパフォーマンスが出せてwin-winになれるような会社を就職先に考えていました。
実は当時リクルートさんの競合をやっていて、リクルートさんの中でも競規避止や副業の禁止などのルールもあったのですが、「それでもいいよ」と言ってくれたのがきっかけです。もともと学生時代から飛び込み営業等はしていましたから、売れる自信はありました。ただし、サイバーエージェントの藤田さんやソフトバンクの孫さんなど、有名な起業家の方々にお会いして、どういうキャリアがいいか考えた結果、自分を鍛え直すためにリクルートさんを選ばせて頂きました。

リクルートではどのようなお仕事をされていたのでしょうか。

平尾:
初めは人事に配属されました。「何で何で」面接をそこで味わい、どのような観点で人を見ているのかを勉強させていただきました。そこからインターネットマーケティングの部署に異動しました。ここでは最初は本当に役立たずで、大変悔しい思いをしました。精鋭が多かった部門とはいえ、いかに自分が何にも出来なくて、コストになっているかを思い知ったのです。そこでどうやったら先輩に最速で追いつくかを考えました。自分は不器用なので量をやるしかないと、人が2倍やるのであれば自分は10倍やろうと決め、必死に取り組みました。その結果3カ月目にはMVPをいただき、その後は社内の賞はほぼ総なめし、飛び級もしました。ちょうどリクルートがミッショングレード制度に変わったころでしたので、年功序列もなく、すごく面白い仕事をさせていただきました。その後、入社1年目の10月に社内の事業コンテストがあり、そこで出した事業が2つとも表彰されたことがきっかけで、経営企画室で事業開発をやらせていただくことになり、その部署から当社に出向したわけです。